書籍紹介 「心理と法」(加藤照雄)

書籍紹介

公認心理師が公認心理師法に従って活動するように、心理と法の間には密接な関連があります。下記は加藤が某学会年報の原稿として提出したものの一部です。

序論 「裁判・仲裁」と「調停」の間の温度差について

 裁判・仲裁においては、紛争当事者の法的権利と義務についてそれぞれの代理人弁護士が攻撃と防御を繰り広げるドライな戦いと言えよう。そのプロセスにおいては基本的に過去に何があったか(なかったか)を注視し、司法制度の骨組みの中で白黒をつける。
 他方、調停 (mediation) は中立な第三者の参与のもとで当事者双方が自発的に(強制されずに)和解・解決を試みるものであり、過去にとらわれるよりは将来志向の問題解決を試みるもので、各当事者の事情・心情を考慮する余地がありウエットな側面を含む協働作業と言えよう。また当事者の契約自由の原則が最大限尊重され、型にとらわれない解決方法が可能である。
 お叱りを頂くことを承知の上でこれを動物に例えるならば、裁判・仲裁は、拠って立つ脚(論拠・たてまえ)が明らかで、晴天の下で大地高所から合理的な判断を下すキリンのようで、他方調停は、水面下・水中の実情(事情・ほんね)に合わせ、時には濁り水の中で変幻自在に動き回る軟体動物のタコのようであると言えるかもしれない。
 この点、元文化庁長官でユング心理学の河合隼雄 (1928-2007) は「母性社会日本の“永遠の少年”たち」と題する論考において「人間の心には多くの相対立する原理が働いているが、そのなかでも父性と母性の原理の対立は、人間にとってまことに重要なものである」とし、父性原理は「切断する」機能にその特性を示し、すべてのものを切断し分割し、主体と客体、善と悪、上と下などに分類し、能力や個性に応じて類別するとする。他方母性原理は「包含する」機能によって示され、すべてのものを良きにつけ悪しきにつけ包みこみ、そこではすべてのものが絶対的な平等性を持つとする。
 報告者は両性の本質的平等を信望するところ、河合が言う「父性」は白黒をつけて「裁く(捌く)」という裁判・仲裁の本質を、そして「母性」は両者の混沌状態にある事情・心情を汲み取り受け入れるという調停の本質を言い当てていると感じる次第である。